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救命医療の現場から人間の生を考える [医学・サイエンス]

 救命救急センターの夜は忙しい。平穏な夜などほとんど無きに等しく、突然とんでもない状態の患者さんが搬入されてくるのです。この日に運び込まれてきた患者の状態は、ダンプにひかれた男性。頭蓋骨骨折、左急性硬膜下血腫、脳挫傷、右多発肋骨骨折、右肺破裂、右血気胸、右下肢轢断、左大腿骨及び骸骨の解放骨折という重体です。要は、頭から体から血まみれ。右足はちぎれて、左足も皮一枚でつながっている状態。徹夜の手術の結果、なんとか一命を取りとめたものの、脳挫傷が激しくて、意識回復にはほど遠い状態。その後も何度も手術を繰り返し、搬送時には考えられなかった奇跡的な回復を見せた。とはいっても、もちろん意識レベルは低く、その後の回復もあまり多くを望めない。この状態に加えて、傷口から混入した菌によって左足が壊死に陥りだした。このままだと命が失われる危険性があり、医師はさらに左足の切断手術を提案する。患者の命を守るためには、当然のことだ。しかし、その時家族は「もうこれ以上、お父さんを傷つけないでくれ」と泣き叫び、結局手術の同意は得られずに、重体の患者はそのまま命を全うしたのであった・・・・・。

 浜辺祐一「救命センター当直日誌」(文春文庫)は、現役の救命センター医である作者による、こんなエピソードが満載されたエッセイ集です。以前にも「救命センターからの手紙」という書を取り上げたことがありましたが、本書ではさらに具体的な医療現場の事例を取り上げ、医療の現場から人間の生のあり方、医療のあり方を問いかける真面目なレポートとなっています。先に取り上げた事例など、医療は何を目指すべきなのかという実に難しいテーマでしょう。救命の可能性が残っている限り、たとえそれが低い可能性であっても処置を続けるべきだというのが教科書的な医療の考え方。しかし救命の現場では、それが患者や家族にとって最良の選択でないということもありうるのだということを、救命医たちはよく理解しているのです。

 全編がこのように、現実にあったエピソードから医療の本質を問いかける内容のヒューマンドキュメント。現場の医師ならではの問題意識に満ちあふれたテーマばかりであり、そんじょそこらの小説よりもよほど「人間の生のあり方」を考えさせる内容になっています。それでいて、どんな深刻なテーマを扱う時にも感じられる作者独特のユーモア感覚。文章も実に軽妙で洒脱。さらに迫真の医療現場の描写の数々。「ER」や「救命救急24時」といったテレビドラマも面白いけれども、浜辺氏のエッセイを読んだら所詮は作り物の感を否めなくなるでしょう。なんでこんなに忙しいドクターが、このような完成された作品を書くことができるのか。まったく不思議としか言いようがありません。「最近、面白い本ありませんか?」と聞かれたら、まさに即答で本書を推薦させていただきましょう。


救命センター当直日誌


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Youkimu

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by Youkimu (2006-01-13 01:14) 

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