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19世紀パリへのタイムトラベルと知的興奮 [エッセイ]

 ちょっと最近軟弱な本が続いてしまったので、自分に「喝」を入れる意味でも、少しお堅い本を一冊。ということで、本日のお題は、鹿島茂「パリ時間旅行」(中公文庫)です。岩波ブックセンターをご贔屓にしてくださる読書家の皆様なら知らぬ人はないほどの先生でありましょうが、恥ずかしながら私は、読ませていただくのは初の経験。しかし、冒頭からぐいぐいと引き込む話術と、文章のうまさ、さらに次々と繰り出される19世紀に関するインテリジェンス・・・・。最近は「エッセイ」という分野は、ともすれば書き殴りの駄文という概念が横行しているだけに、久々に読み応えのある知的なエッセイに出会えた感動でいっぱいになりました。たとえば、「陰翳礼賛あるいは蛍光灯断罪」という一文の出だしを読んでみましょう。

「晩秋のパリは、何日も陰鬱な雨が降りつづくことが多い。おまけにどんどん日が短くなって、朝は九時過ぎまで太陽が昇らず、夕方は四時頃から暗くなってくるので、ボードレールやヴェルレーヌの詩に親しんだ者ならずとも、憂愁の思いにかられて、ついついアパルトマンの中にこもりがちになる。こんなときには、いっそ思い切って夕暮れの中に出てみるとよい。日が落ちるにしたがって、次々に商店に灯がともり、街は日中の陰鬱な雰囲気とはうってかわったような華やいだ景観を呈するからだ・・・・・。

 一般に、フランスの商店は昼の十時から七時頃まで営業している。ところで、夏場は冬場と違って夜の九時頃まで暗くならず、真昼のような青空がのぞいているので、商店に電灯をともるところを見ることはほとんど不可能に近い。これに対し、晩秋には、四時頃から七時まで、照明の華麗なショーを無料で楽しむことができる。それは、シャン=ゼリゼやオペラ座通りといった目抜き通りにかぎったことではない。すぐ近くのなんでもない商店街が、いったん電灯がともったとたん、シェレのポスターのような夢幻劇じみた白熱灯の黄色い光によって、胸をときめかせるような空間に変貌してしまうのである。日中はあまり美味そうにも見えないおかずを並べていた総菜屋はたちまち高級フランス料理のグルメの店に変貌し、冴えないデザインのコートを陳列していた洋装店は最新モードのブティックに変わってしまう。それは、まさに魔女が杖を一振りして、枯木の山を妖精の国に変えてしまうのにも似た魔術的な瞬間である・・・・・」

 それでは、どうしてこのような魔術が現実に起こるのか。それは一にも二にも、白熱灯を中心とするパリの照明のあり方に原因があり、日本における効率優先の蛍光灯照明とフランスの照明の違い、照明工学的効果、さらにはフランスの照明の歴史にまで話は及び、19世紀の文学や絵画に表現されている陰翳効果まで解説が進んでいく。一度話し出したらもう、止まらない。鹿島センセイと共に体験する19世紀パリへの時間旅行ツアーの始まりです。本書では、このような感じで「パサージュ」「街灯」「光」「音」「香水」「清潔」「旅行」「スポーツ」といったテーマに対して切り込みを入れ、19世紀の空気を読者に伝えてくれるのであります。一流のフランス文学者である著者の知性は当然のこととして、文章の巧みさに私は本当に舌を巻く思いでありました。本書を一冊まるごと書き写せば、少しは文章力が上がるかナーなどと、呆然とする思いでなんども読み返している私であります。


パリ時間旅行


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chicory

なんと御社社長と同じ登録名だなんて、恐れ多い! これを縁に(?)読者登録させていただきました。私のブログは、一応仏検目的なんですが、月に10冊くらい本を読もうと心がけているので、読書録も備忘録として充実させていきたいと思っています(pon-puさんのように、本を読む気にさせるようなちゃんとした文章にはなってないのですが)。
信山社さんでは、先月、白水社の「ふらんす」も買わせてもらいました。神保町の新刊本屋では東京堂と並んでよく行きます。硬い本が多いので、オジサマ率が高いですよね(笑)。
http://blog.so-net.ne.jp/futu ken/2005-04-23/trackback

さて、「パリ時間旅行」。一昨年、パリに出かける前に読みました。これがきっかけで、鹿島先生訳「ペールゴリオ」も読んだので、思い入れ深い本です。pon-puさんの文章を読んでまた読みたくなってしまいました
by chicory (2005-05-06 23:24) 

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